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聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

天上のルールは地上と同じである

そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。 すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。 そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。 わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。(マタイ16:15~19)

 

このように、ペテロの上に教会を建てようということをイエスは言われました。 この教会がカトリック教会のことを指すのかどうかは意見が分かれると思いますが、とりあえず、それは今回の議論の対象ではありません。

 

問題としたいのはイエスの次の言葉です。 「わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」

 

「天国の鍵」を持っている人というのは、自由に天国に出入りできる人ということになろうかと思います。 もちろん、他の人を入らせる権限を持っている、とも言えるでしょう。しかし、ここで考えたいのはイエスの「そして、・・・」の言葉です。 「そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」 ペテロが地上で決定した規則は天上でも決定され、ペテロが地上で赦す事柄は天上でも赦されるという意味です。

 

天にも裁判所のようなものがあり、そこでの裁きの基準は、何と、人であるペテロに委ねるとイエスは言っているわけです。このように、天の裁判所における基準は地上で決めることになっています。

 

さて、ここからは僕の感想です。

人は出来る限り、自分が住んでいる国の法律に従わなければなりません。
天に別の法律があるわけではないからです。
もしあなたが地上で罪に定められていることを行ったなら、それは天でも罪と定められる可能性が高いです。
「この世の法律は、人間が作ったものだから従う必要はない」ということにはならないのです。