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聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

完璧な人なんていない

世の中には色々な人がいて、それぞれが色々な考え方を持っています。


中にはとんでもないことを言う人もいますが、とんでもないことを発言することは、そもそも可能なのです。


「ウンコは美味しい」と主張することも出来ますし、「カラスは白い」と言い張ることも出来ますし、「犯罪者は手厚く保護すべきだ」と主張することも出来ますし、「年金を積み立てていなかったが年金を貰う権利はある」と主張することも出来ますし、自分で仕事を求めて日本にきたのに「強制連行された。補償をしろ。」と訴えることも出来るのです。


世の中に不法がはびこっているのは、偽証をすることに良心の呵責を感じないことにそもそもの原因がある気がします。


それに対して、自分の発言に責任をもって発言する立派な人も大勢います。
しかし、彼らとて、その発言内容が正しいことばかりではないでしょう。
その発言内容には正しい部分と間違った部分があるはずです。誰でも人間である限り。


ですから、ある特定の人の発言に全面的に同意をするような態度は、人として正しい生き方とは言えないと思います。
それは怠慢であり、自分の頭で考えることを放棄しているということになるでしょう。
カルト宗教の信者の生き方は、まさにこうした態度だと言えると思います。


自分の意見に近い人を探したり、答えを求めて情報を探し回ることも有効ですが、時には自分の内面と向き合って静かに瞑想したり、神に助けを求める祈りをすることは良いことです。


祈ることにより、思いもかけないことに気付くことはよくあることです。