聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

聖書の言葉が守られなくなっています

聖書の言葉は守られなくなっています。
それも、教会の中でさえ守られていません。


多くのプロテスタント教会では、女性が牧師になって信者に向かって説教することは、もはや当たり前になっています。
しかし、聖書は次のように書いています。


■コリント人への第一の手紙 14章 34節
婦人たちは、教会では黙っていなさい。婦人たちには語ることが許されていません。
律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい。


この聖句で『律法も言っている』とされてあるとおり、モーセの時代から女性は男性に従うものであるとされているのです。


しかし、この聖句について勝手な解釈をほどこし、「女性が発言したってかまわない」としている教会がとても多いです。
教会批判をしたいわけではありませんが、なぜ教会が聖書の言葉に従おうとしないのか、僕には不思議で仕方ありません。
僕がもし女性なら、聖書の言葉に従いたいので、決して女性牧師になろうなどとは思わないでしょう。それどころか、発言さえ慎むべきなのです。


現代のプロテスタント教会の多くでは、聖書の言葉に従っていない人(女性牧師)が、
逆に、堂々と説教をやっているのです。おかしな話です。
聖書を信じない人が、いったい教会で人々に何を教えられるのでしょうか?
まさか男女平等について教えているのではないと思いますから、おそらく独自の解釈というやつで、聖書やイエスの言葉を捻じ曲げてしまっているのでしょう。
そんな教会で信者になることは不幸なことです。


また、教会式の結婚式においては以下のように無理やり誓わされます。
お聞きになったことがある人は多いでしょう。


『その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?』


しかし、イエスは誓いについて、次のように言っておられます。


■マタイによる福音書 5章 33節〜34節(抜粋)
また、あなたがたも聞いているとおり、
昔の人は、『偽りの誓いを立てるな。主に対して誓ったことは、必ず果たせ』と命じられている。
しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない。


このように、イエスの言葉および聖書の言葉は、今では平気でないがしろにされております。


こうしたことが起こっているのは、聖書をあまり読んでいないか、あるいは、聖書の権威を認めていないかの、どちらかの理由によるものと思います。