聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

今年の桜は今年限り

桜の花を皆でお酒を飲みながら鑑賞する、という日本のならわしである「花見」。






大きな災害の後では、花見は不謹慎だから慎もう、という意見がある。
一方で、何でもかんでも自粛するべきではない、という意見がある。
こうしたことって、きっと「正解」は、ないよね。


花見を楽しみたい人は楽しめばよいし、そんな気分になれない人は行かなければいいんだ。
それだけだと思う。


僕自身としては、大勢でお酒を飲むような花見はする気がないのだけれど、
自分ひとりで、あるいは、自分の大切な人と桜を見に行くのはいいなあと思う。
桜には罪はない。 桜はただ綺麗に咲いてくれる。


『どんな悲劇に埋もれた場所にでも 幸せの種は必ず植わってる』
ミスチルの歌の歌詞に、こんなのがあります。





春がくる。こんな今年でも、やっぱり近くまで春がきている。
せっかく咲いてくれる桜を見ないのは、つまらないよ。


去年も桜を見たし、きっと来年も桜は咲くだろう。
でも、「今年の桜は今年にしか見れない。」


今年見る桜は、去年見た桜とは、きっと違うことを僕にうったえてくると思う。