聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

ユダヤ教における「神殿」と「会堂」の違い

キリスト教信者であっても、ユダヤ教における「神殿」と「会堂(シナゴーグ)」の違いが分からない人がおられることが気になっていましたので、両者の違いについて簡単にご説明したいと思います。


ユダヤ教における「神殿」とは、生贄の牛、羊、鳥などを生贄として献げる場所のことです。
このことを、はっきりと認識しておく必要があります。
決して勉強をする場所のことではありません。


かわって、会堂とかシナゴーグとか呼ばれている場所は、トーラの勉強をしたり、祈ったり、歌ったりする場所なのです。


キリスト教会に当てはめて考えますと、
「神殿」は、カトリック教会における「御聖堂(おみどう)」に近いものです。
かわって「会堂(シナゴーグ)」は、プロテスタント教会における「礼拝堂」に近いものです。


神への生贄を献げる場である、ということについては、ユダヤ教の「神殿」も、カトリック教会の「御聖堂(おみどう)」も共通していますが、「神殿」と「御聖堂(おみどう)」とでは大きな違いがあります。


ユダヤ教における「神殿」は、エルサレムになければならないのです。

かわって、カトリックにおける「御聖堂(おみどう)」は、各地に建てることができます。

これが、もっとも異なる点であると思います。


ちなみに、ユダヤ人たちはローマ軍によって「エルサレム第二神殿」を破壊された後、流浪の民となりましたから、もはや「神殿」における生贄の祭儀は行うことができなくなっていました。

「神殿祭儀」こそがユダヤ教の真髄ですが、この真髄抜きのユダヤ教が、ユダヤ教の本流となったのです。


「神殿祭儀」なしの不完全な状態で、ユダヤ教が生き延びることとなりましたが、それがラビと呼ばれる学者たちによる学習を基とした今日のユダヤ教なのです。

ユダヤ人たちは、ヨーロッパ各地に「会堂(シナゴーグ)」を建てて、ユダヤ人としてのアイデンティティを失わないように、トーラの学習、歌、祈祷書による定められた祈り、神殿に依存しない祭儀などを行っていくこととなります。


これはラビが中心となっているために、「ラビ的ユダヤ教」と呼ばれたり、あるいは「正統派」などと呼ばれたりしていますが、この宗派は、もともとはイエスと対立していた「ユダヤ教ファリサイ派パリサイ派)」なのです。


現在のユダヤ教正統派は、このようにラビが中心となっています。

しかし、そもそものユダヤ教というのは、祭司とかレビ人が中心の「神殿祭儀」でした。


さて、現在ではイスラエルという国家が成立して、エルサレムの地もユダヤ人の手に入りました。

ですからユダヤ人たちが、このエルサレムの地に、新たに「神殿」を建てようと考えることは理にかなったことです。


しかし、現在、エルサレムに「神殿」を建てようとしても、あまりにも大きな問題が邪魔をしています。

その問題とは、かつてユダヤ教の「エルサレム第二神殿」が建っていた場所に、現在「岩のドーム」とか「黄金のドーム」とか呼ばれている、イスラム教の寺院が建っていることです。



岩のドーム
岩のドーム