聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

メールでご質問された方への回答です。

匿名でご質問内容が書かれたメールをいただき、そのメールに対してお答えしたのですが、
その後、連絡が来なくなった方がいらっしゃいます。

そのため、いただいたメールへの回答を、この場でさせていただくことにしました。
以下は、その方からいただいた質問内容に対する僕なりの答えです。


> すごく初歩的な質問?なのかもしれませんが、ユダヤ教・・イエスをキリストと認めない。
> キリスト教・・ イエスがキリストである。と言う定義でいいのですか?


そのように考えている人が多いと思いますし、それも間違いではないと思います。
しかし、もっと根本的には、「罪」に対する認識が異なっています。
そして、かたや「民族宗教」であり、かたや「世界宗教」であるという違いがあります。


ところで、一般的に、「メシア」=「キリスト」というように思われていますが、
本当は、この二つの言葉の間には微妙に異なるニュアンスがあるようです。


ですから、単純にヘブライ語「メシア」のギリシア語読みが「キリスト」なのだとは、言い切れないわけです。


このようなことは、他の用語にもありまして、ヘブライ語における「愛」と、ギリシア語における「愛」とは、微妙にニュアンスが違います。


ギリシアというのは、独自の文化を既にイエスの時代には築いていましたから、単語に秘められた概念というものが既に出来上がっていたのです。

そのため、単純にヘブライ語の用語を、ギリシア語の用語に当てはめると、新たな意味が付加されてしまったり、微妙に異なるニュアンスになったりすることは避けられないのです。


クリスチャンにとっての「キリスト」は、死を滅ぼし、永遠の命を約束してくれるものですが、ユダヤ人にとっての「メシア」は、ユダヤ人を救う人のことなのです。(メシアという言葉の意味は、「油そそがれた者」で、これは王を意味する。)


ですから、ユダヤ人から見るとイエスは「メシア」ではあり得ないということになります。
イエスはユダヤ人指導者たちを批判していましたし、ローマに対しては批判的でもありませんでした。
イエスが問題にしていたのは「愛」についてであり、ユダヤ民族の解放ではありませんでした。


こうしたことから、ユダヤ人たちがイメージしていた「メシア像」と、イエスという人物とはかけ離れていた、と言ってよいと思います。



> もうひとつ、それではユダヤ教にとってのメシアは誰なんでしょうか?


ユダヤ教というのは、一種類ではない、ということをご承知ください。
このことを、まず最初にご理解していただく必要があります。
ご質問いただいた、誰がメシアなのか、という『メシア観』の違いによっても
それぞれのユダヤ教宗派が争っている、ということが言えるかもしれません。


キリスト教のように、ある個人がメシアとして現れる、という考えの人もいますし、
メシアとは、何かの象徴的な概念のことだと考える人もいますし、あるいは、「団結して行動するユダヤ人自身」が、メシアなのだ、という考えもあるようです。
最後の考え方ですと、ユダヤ人自身、自分たち自身が自分を救うメシアとなります。



> どんな人物なら 彼らは納得するんでしょう?まだ待ってるのでしょうけど。


僕個人としては、彼らがイエスをメシアとして受け入れるときが来てほしいと願っています。


ダニエル