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聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

本当にカトリック教会は『免罪符』を売ったのか?

日本人は基本的にノンキな民族であると思います。

私たちは、先生から教わったことは、すべて正しいことのように思い違いしています。


しかし、実際には先生といえども、日本で同じように育ってきた日本人にすぎません。
だから、先生の知識は、どこかから仕入れてきた借り物なのです。

特に西洋文化、キリスト教思想などについては、まったくのチンプンカンプンで、普通の先生は、出鱈目な説明しか出来ないと思っていた方が事実に近いのです。


日本の教科書でカトリック教会を批判する際に必ず登場する『免罪符』ですが、実際には『免罪符』などというものは、今も昔もこの世界に存在したことはありません。


このような歴史に対しての出鱈目がまかり通るのが、悲しいかな日本です。


カトリック教義では、「罪の赦し」には、大罪の場合には告解(ゆるしの秘蹟)が必要なのです。
これは、自分の罪を神父に告白して聞いてもらい、その後、償いをあたえられるものです。

日本の教科書で『免罪符』と誤訳されているものは、正確に訳すならば『免償符』というべきものであって、罪の赦しを告解によってあたえられた人が行うべき償いを、免除するものにすぎません。

この償いは、基本的に良いことを行う、ということになりますが、これは神父が罪を赦された信者に対して勧めるものです。
ある人には「祈り」を、ある人には「労働」を、と色々な償いがあるわけです。

もちろん、教会建堂のために寄付をすることなども償いになるわけです。

だから、償いのために教会が信者に寄付を要請したとしても、それはカトリックの教義を逸脱したものではありません。


こうしたことを知らない日本の教科書作成者が誤って『免罪符』と翻訳したのか、あるいは、何かの意図を持って、わざわざ『免罪符』という言葉を作ったのかは知りませんが、本当にこれがディスインフォメーションだとしたならば困ったものです。