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聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

あなたを呪うものを私は呪う

僕は、まったくもって反ユダヤ主義者ではありません。
誤解を受けることのないように、ここで宣言しておきます。
僕はユダヤ人が好きですし、イスラエルがイエスを受け入れる日を待ち望んでいます。


イスラエルは、神から契約を預かった民族です。
このような民族は、彼らをおいて他にはありません。
彼らは、彼らのモーセを通して、神から律法(トーラー)を受け取った民族なのです。


トーラーは本質的に、『愛』とはどういうものなのか、ということを彼ら民族が考えるためのものです。
「汝の主なる神を愛せよ」と自ら言われた神が、イスラエルの民に対して与えた問いかけであり、
考えるべきメッセージである、というのが僕の見方です。


もちろん、イエスはこのような見方をトーラーに対してしておられたのです。
イエスは、すべての律法(トーラー)と預言者は『神を愛すること』『隣人を愛すること』という、たった二つの掟に集約されるということを言われました。


しかしユダヤ人達は、どういうわけか、トーラーを単なる掟とだけ捉えているようです。
トーラーが、血も涙もない冷たい法律であるかのように、彼らはこれを遵守しようと考えており、
その態度は、今日においてもほとんど変わらないのです。


どうして、これほどユダヤ人という人種は、神の愛に対して鈍いのかは僕にはわかりません。
それは、僕のような異邦人には、あまり関係のないことなのかもしれません。
つまり、本質的に、彼ら自身の問題なのです。


ところで、トーラーを守ること以外に、ユダヤ教には「メシア信仰」というものがあります。
これは、かつてイスラエルを統治した「ダビデ王」のような素晴しい王が、いつかまた君臨して
イスラエル王国が復興する、というメシア待望思想です。


このメシア信仰に付随して、「復活」「永遠の命」に対する信仰があるのです。
彼らにとって「復活」「永遠の命」とは、メシア信仰に含まれる事柄なのです。
「ワンセット」であると言って、よいのかもしれません。


つまり、
『復活や永遠の命は信じるが、メシアは信じない』ということは成り立たないのです。


彼らの強烈なメシア待望の信仰は、現代においても衰えることがありません。
ユダヤ教には数々の宗派がありますが、それでもメシアについての解釈が異なるだけで、
メシアを否定しているユダヤ教というのは聞いたことがありません。
(僕が聞いたことがないだけで、あるのかもしれませんが、あったとしても少数派であることは間違いありません。)

とにかく、トーラーを受け入れない類のユダヤ人でさえ、メシア信仰は受け入れているのです。



さて、ここでクリスチャンとしての、僕の本心を書いてしまうことにします。
僕はユダヤ人の一部のグループによる陰謀、というのは存在したとしても、
彼らグループの動きを否定したり、反対する気持ちが、実は全くありません。


『世界が混乱と悪と不幸に満ちたときにこそメシアが現れる』という一部のユダヤ人達が信じている信条についても理解ができます。もちろん、そのために人為的に世の中に不幸をばら撒くことが良いことだ、とは僕は思いませんが。


言うまでもなく、僕はユダヤ教徒ではありません。
しかし、歴史は、常にユダヤ人たちがリードしてきたと考えています。
その恩恵を、間違いなく僕たちも受けて生活しているわけです。
この彼らの功績を否定することは出来ないと思います。


僕はクリスチャンです。
世の中のすべてのことが、神のご計画によって動いていると信じています。
もしそうであるなら、この世の中にあれこれ文句をつけることは筋違いだと考えます。


聖書には、
『あなたを呪うものを私は呪う』と書いてあります。
これは、『ユダヤ人を呪う者を、神が呪う』ということを意味する恐ろしい言葉です。


★創世記12:1〜3
主はアブラムに言われた。
「あなたは生まれ故郷 父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい。
わたしはあなたを大いなる国民にし あなたを祝福し、あなたの名を高める 祝福の源となるように。
あなたを祝福する人をわたしは祝福し あなたを呪う者をわたしは呪う。
地上の氏族はすべて あなたによって祝福に入る。」



このように、ユダヤ人を呪うようなことをする人は、その人自身が神から呪われることになるのです。
いくらユダヤ人が悪いことをしていようが、神がそのように言っておられるのだから仕方がないのです。


事実、ユダヤ人に対して迫害を行った場所というのは、ことごとく呪われています。
ポグロムユダヤ人虐殺)があったウクライナ(旧ロシア領内)の土地では、チェルノブイリ原発事故が起きたのです。
ウクライナにはユダヤ人がとても多かったのですが、同時に伝統的にユダヤ人迫害も強かった土地柄です。
ドイツもユダヤ人のおかげで散々な目に合いました。ロシアも同様です。


僕は聖書を信じていますから、ゆめゆめ「ユダヤ人を呪う」というような愚行はしたくありません。
神から呪われるようなことにはなりたくないからです。


近頃、日本において反ユダヤ論や陰謀論がネット上で花盛りのようなので、少々危惧しています。
そのようなことに熱中して反ユダヤ的な感情を持つことは、日本にとって利益にならないことです。


彼らが陰謀を行っていたとしても、それを阻止すべきであるとすら思いません。
なぜなら、彼らが人類のリーダーだからです。


現実の世の中から、不幸や悲しみがなくなる、ということは無いわけです。
メシアが来て、この世界を全く変えてしまうまで、死も不幸も無くなることはないわけです。
この点では、僕の考え方もユダヤ教と完全に一致しております。


人は、悲しみや辛いことに合ったとき、はじめて神に、そして自分の人生に向き合う気持ちになるのではないでしょうか。
そういう意味では、悲しみや辛いことにも意味があるわけです。


すべてを肯定的に捉えて、悪意や、攻撃的な気持ちや、呪いの気持ちから離れて生きること。
これが、クリスチャンとしての僕が望んでいる生き方です。