聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

日本人の「神観」について その2

以前にテレビで見たのですが、そのときアメリカ人の農民が
「日本人はクレイジーだ」と言っていたことがありました。


何についてそう言っていたのかというと、
日本人の一部の人が遺伝子組み換えの米の研究をしている
のを指して言っていたのです。


彼いわく、
「コメというのは、日本人の主食なんだろう?
自分たち人間がしょっちゅう食べるものに遺伝子組み換え技術を使うなんて
日本人の頭の中はどうなってるんだ?」
ということでした。
彼によれば、大豆に関してなら家畜の飼料だから遺伝子組み換えでもよいのだそうです。



これを見て、僕はこのアメリカ人の感覚に本当に驚いてしまいました。
このアメリカ人の感覚では「家畜に食わせるならよいが、人間が食うのは駄目だ」
ということになるようです。
しかし普通の日本人なら「家畜に悪いものは人にも悪い」
「家畜に良いものは人にも良い」ということが理解できると思います。
人が、その家畜を食べるのですから。


「人間」と「家畜」と、別々に別けて考えるように、あらゆるもの、自然万物に対して
人と自然とを別けて考える思想が西洋思想の根本にありますから、
人が快適に暮らすためには自然に手を加え、自然や動植物を支配しなければならない、
という結論にどうしても行き着くのです。これが現代文明を動かしている根本思想です。
カウンターカルチャーやヒッピー文化というのは、こうしたことに疑問を呈したようです。
しかし、本質的な解決になるわけではなく、単なるガス抜きに利用されただけです。)


それにしても科学を無邪気に崇拝する日本人研究者は気の毒です。
科学というものを有難がって、無邪気にも善意から「人々のため」になると思って
人々のためにならないものを作り出しているからです。


わざと「人々のためにならないことをしよう」と考えて、そのようにしている人たちには、
まだ救いがあるような気さえします。悪いことをしていることについて自覚があるからです。

無邪気な日本人研究者は、これからも彼らにうまく利用されていくのでしょう。