聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

「グノーシス」について

日本のクリスチャン人口の割合は1%前後だと、よく言われています。
ですから、聖書の内容をよく知っている、というお方は少ないと思います。
従いまして、私の希望としては、皆様に聖書をよく読んでいただきたいのです。
教会に通わずとも、ご自身で聖書を読むだけでもよいと思うのです。


そして、聖書の内容について興味を持たれたなら、そこではじめて教会に通ってもよいし
直接私にメールでご質問いただいても結構なのです。無償でお答えいたします。


本題に入ります。
皆様は、「グノーシス」という思想をご存知でしょうか。
おそらく、分からないという方が多いと思いますので、簡単にご説明いたします。

グノーシス」思想といいます考え方の根本にあるのが、

  • 自然軽視
  • 秩序軽視
  • 創造神軽視

なのです。

そして、この哲学的な思想の流れは、紀元後の西洋世界において
現代に至るまで、多くの人々を呪縛してまいりました。

グノーシス」思想の元にあるのが、プラトンというギリシア哲学者のイデア論というものに
なりますが、その詳細については説明を省かせていただき、重要なエッセンスだけを提出
させていただくこととしたいと思います。

この「グノーシス」思想をリードしてきたのが、ユダヤ人とよばれる人たちであり、
その影響を受けてきたのが西洋世界なのです。
このことを考えに入れないと、西洋文明の本質が見えてこないのです。


西洋文明に影響を与えたのは、キリスト教だけではありません。
もう一つの流れとしての、この「グノーシス」思想があるからです。


グノーシス思想の特徴である、自然軽視、自然への敵対意識が現代文明の下で
顕著な問題になってきていることは、ご納得いただけるのではないでしょうか。


なぜ「グノーシス」思想は自然と敵対するのかといえば、そもそも「グノーシス」思想は、
創造神を敵視する思想であるからです。この世は、悪によって創られた。だから、この世の
自然、あらゆる物は、そのまま受け入れるべきではない、というのが「グノーシス」思想です。


それでは、なぜキリスト教徒が多いはずの西洋で、この神を敵視する思想であるグノーシス
受け入れられるのでしょうか。
これは「グノーシス」思想というものが、根本的に「詐欺」的な手法を用いて、創造神を神ではなく悪魔であると
説いているからなのです。グノーシス思想においては、この世界を創ったのは悪魔の仕業であるとして、
本物の神は別にいるのだ、と巧妙に説いていくのです。
学者のような知性のある人ほど、こうした屁理屈みたいな哲学に騙されやすいようです。
そして、グノーシスを信じる人たちは、この世界とか自然などを無価値であると思うようになるのです。


しかし、私たち日本人は、こんな考えが愚かであることは感覚的にわかるのです。
私たち日本人は、人と自然とが調和して生きていくべきことは直感的にわかっているのです。
今さら西洋人から「地球環境を守れ」などと言われなくても、自然の大切さを知っています。


日本人が鎖国という政策により、西洋的キリスト教、つまり哲学やグノーシスに毒されてしまった宗教とは
ほとんど無縁で過ごしてきたことが、独自の日本文化や日本人の純粋さを、保ってきたのだろうと思います。


そうです。
聖徳太子をはじめとして、日本の文化は自然との調和が大きなテーマとなっているのです。
富士山に神々しさを感じ、日の出に神々しさを感じとり、お天道さまに顔向けできないことは
しない、という考えは、庶民に至るまで日本人が共通に持っていた感覚なのです。


日本人は、西洋近代文明の基礎思想であるグノーシス思想に対して、
本当のアンチテーゼを提出できる唯一の民族であるのかもしれません。