聖書とユダヤ人

聖書の根本的な教え、復活と永遠の命についての解説

曖昧さを赦す心

最近、日本から消えつつあるものに、「あいまいさを赦す(ゆるす)」という思想があります。


最近は教育の場でも、白黒はっきりつけることが良いことだとされているようです。
自分の考えをはっきりと他者に対して述べ、意見を明確にすることが良いこととされているようです。


しかし、実際の様々な出来事においては、白黒つかないことも多いのが現実ですし、時間が経ってからでないと
評価判断できない、ということも実際とても多いのです。


ですから、自分の立場や意見をはっきりさせない、というのは、ある意味真摯な態度であると僕は思います。
自分で、よく知ってもいないことについては、そのことについての絶対的な判断、および自分の立場などは保留させる、
というのは正しい選択です。


わかってもいないこと、よく知ってもいないことについて、どこかから聞きかじったことを丸受けしてしまって
それを堂々と述べる、というようなことは、元来の日本人にとっては恥ずべきことであり、慎むべきことであったはずです。

でも、近頃では、そうした愚か者が幅をきかせてしまっております。


そういえば、「謙譲の美徳(けんじょうのびとく)」という言葉などは、最近では、ほとんど耳にすることさえ無くなりました。